
夜ライトアップしたホテル

阪神大震災の年の夏京都太秦撮影所(右端Tちゃん)
入学前京都にて買って上げたお洋服を着た子供達
(今回出会った左端Tちゃん、真ん中Nちゃん)
先月末に社会に巣立つ前に逢いたいと言ってきていた、Tちゃん達と会員になっているリゾ−トホテルで会うことにしました。

十数年振りの出会いでお互い顔も判らないのでホテルで落会うことにしました。
駅を降りるとホテルのバスが待っていました、見覚えのある顔が窓際に見えましたので、手を振ると恥ずかしそうにこちらに笑いかけました。
久しぶりの子供達は見上げるように成長していましたがが幼顔が残り、私には判りました。
部屋が2つ用意されていましたが、私たちの方ばかりで自分たちの部屋には行かず、話し込みました、子供のころ出会った写真を見ながら当時のことなど、しかしそれぞれの子供の悲しい過去の事情は子供か自ら話をしてくれるまで知らぬ振りをしています。
一人の子は親に捨てられ乳児院から学園での生活でしたが、私が出会った頃は言葉が舌足らずで言葉の訓練所に通っていたそうです、
それが今では相手の気持ちを汲んで話をする俗に愛想がよく、気配り気遣いする子に育っていました。気遣いし過ぎで疲れなければ良いのだがと園長先生が心配するほどでした。
最近親御さんの消息が判ったそうで、僕の親は頭が薄くないそうだが、僕は最近毛がよく抜けるので、禿るかも知れない?なんて早くも心配してました。
5年後にもし私が元気なら、会いましょうね、その時は誰かお付き合いしている人を連れてきてもいいわよ、と申しますと、女の子は私3年後に結婚してると宣言!明日からアパ−トで一人暮らしするそうで寂しそうでした。
高校卒業すると同時に否応なしに施設を出なければならないのです。
ホテル内の店舗で私と女達で洋服の品定め何でも好きなお洋服を買ってあげるわよといいますとあれこれ試着して最後にノ−スリ−ブのピ−ズをあしらった黒いドレスを選んだ、でもきつくてファス-ナ-が嵌らないのにこれがいいと言う、そうなの気に入ったのと買うことにしました。
夕食の席に私のビ−ズ付の黒いレ-スのボレロを羽織ってすっかりレデイになって出かけた。でも洋服が窮屈そうで可哀想、でもおしゃれの為なら
なんのその、〜〜〜〜〜〜〜〜〜
前出の男の子は28歳位までは結婚しないでお金を貯めるんだそうで、今度会うときは背広で来るからねと可愛い言い方にほろっとさせられました。
翌日は風が冷たくいまださくらも蕾の琵琶湖畔沿いを走るバスの車窓から横目に眺めながら、また何時こられるか判らない名残の時を同じ気持ちで
すごしました。
駅ではお幸せになってね、また逢いましょうと握手して先の時間で出発する子供たちを見送った、手を振りながら去って行く姿を見ていたら、十数年前も同じ様にして別れた子供たちが、大きくなって社会の荒波に揉まれると思うと涙がこみ上げてきました。幸せになって欲しいと願いつつ、もらい泣く連れの友人としんみりとした気持ちで帰路に着きました。

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